今帰仁城跡
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今帰仁城跡の案内

今帰仁城跡の案内 主郭 御内原 大庭 七五三階段 大隈 カーザフ 平郎門 外郭

主郭

大庭の東にある一段高くなった郭を主郭と呼んでいます。主郭には多くの礎石が現存し、桜の植樹のためか、一部移動させられている石もありますが、かつての建物の形がいくらか想像できます。1982年から4年間発掘調査が行われました。発掘調査の結果13世紀終わりころから17世紀初め頃まで機能していたことがわかりました。監守引き上げ以降は、火之神の祠が設置され、さらに来歴碑が建立され祭祀を行う場所として利用されています。発掘調査が完了し、現在のように整備されました。

御内原

北殿跡の北側、一段高いところを御内原と呼んでいます。ここは、かつて「女官部屋」があったといわれているところです。城内でも崇高な場所とされ男子禁制の御嶽テンチジアマチジがあります。北端からの眺望は城内で最もよいところで、大隅一帯の石垣をはじめ今帰仁村全域、伊平屋・伊是名の島々、国頭の山並麓、晴れた日には遠く与論島が眺められ、海を眼下に見ることができます。

大庭

平郎門からまっすぐ伸びた七五三形式の階段を登りつめると開けた広場に出ます。ここは大庭(ウーミヤー)とよばれ、南側には南殿があったと推定され、北の一段高くなったところが北殿跡とされます。その建物の跡と見られる礎石が今も残っています。

七五三の階段

平郎門から大庭まで続く参堂は戦前に地元民によって桜の植栽とともに直線道に整備されます。戦後まもなく米軍の車両が城内へ登ることから、戦災文化財の修理として文化財保護委員会の指導のもと、今見る階段の整備が行われました。

大隅

平郎門を通り抜けて、大庭に向かって左側部分を大隅と呼んでいます。現在蜜柑や桜が植栽され、城外に抜けられる洞穴もあり、面積はかなり広い郭の一つです。ここは、かつて「城兵達の武闘訓練の場」であったと想定されており、以前大量の馬の骨が発掘された場所です。

カーザフ

カーザフは、平郎門からはずれた右側のくぼ地になったところをいいます。ここは、一段と低い所でその両側は切り立った「谷底」になっています。この地名の語義は「川迫(さこ)」つまり、川の谷間として理解されています。露頭した岩盤に直接積んだ堅固な石積みは、かつて城壁として鉄壁をほこったものと想像することが出来ます。

平郎門

平郎門は今帰仁城の正門で、その名称は「琉球国由来記」に「北山王者、本門、平郎門ヲ守護ス」として登場します。現在見る門は、昭和37年(1962)に修復されたもので、左右に狭間があり、門の天井は大きな一枚岩を乗せた堅牢なつくりとなっています。

外郭

昭和50年、沖縄海洋博覧会の工事の進む中、石垣が積まれた箇所の発見がありました。これが城郭の一部であることが確認され、昭和54年12月28日に国の史跡として追加指定されました。高さは2メートル前後と比較的低い石垣が延長数百メートル蛇行して続きます。石垣で囲まれた空間を外郭と呼んでいます。最近調査が行われ、外部の整備が進められています。

 

 

 










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